「コンサルティングファームが消える」という不安の声が業界内外で囁かれる中、マッキンゼーをはじめとする大手ファームは、AIを脅威ではなく最大の武器として活用し始めている。生成AIの台頭により、従来の分析業務が自動化される一方で、真の戦略パートナーとしての価値創造が新たな成長エンジンとなっている。
業界リーダーが選択したAI共存戦略
マッキンゼー・アンド・カンパニーは、全従業員約4万5000人のうち70%以上が「Lilli」と呼ばれる社内向け生成AIチャットボットを利用しており、利用者は週に平均17回Lilliを活用している。同社のシニアパートナーであるデルフィーヌ・ズルキヤ氏によると、Lilliは、マッキンゼーが100年にわたり蓄積してきた10万件以上の文書やインタビューを含む知的財産全体を統合している。
この積極的なAI活用姿勢は業務効率化にとどまらない。シニアパートナーのベン・エレンツワイグ氏は「私たちの業務の約40%はアナリティクスやAIに関連するものであり、その多くが生成AIに移行しつつあります」と語っている。マッキンゼーはマイクロソフト、グーグル、アンスロピック、エヌビディアなど19社のAI関連企業との「エコシステム」型アライアンスを通じてクライアント向けの生成AIソリューションを構築し、400件以上の生成AIプロジェクトを完了している。
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)も同様の戦略を採用している。同社の2025年調査によると、世界中の経営幹部にとってAIは最優先事項であり続けており、具体的な成果創出に強く焦点を当てている。2025年には3社に1社が2500万ドル超をAIに投資する計画を持っており、日本企業の割合が世界最高水準に達している。
ベイン・アンド・カンパニーは2024年10月にOpenAIとのパートナーシップを拡張し、専用のOpenAI Center of Excellenceを設立した。同社の調査では、米国企業の95%が生成AIを活用しており、過去1年で12ポイント増加している。この数字は、コンサルティングファームがクライアントのAI導入を支援する巨大な市場機会を示している。
AI台頭で激変するコンサルタントの価値提案
従来のコンサルティング業界では、新人アナリストが膨大なデータ収集や基礎分析を担い、その作業に基づいてシニアコンサルタントが戦略を立案するピラミッド構造が一般的だった。しかし、AIの進化により、マニュアルどおりのやり方を超える付加価値を提供できない経営コンサルタントは、今後、苦境に立たされることになるとの指摘が出ている。
シリコンバレーの著名投資家リード・ホフマン氏は、コンサルティングファームは、若いアナリストやアソシエイトに「エンジンを回させて」、彼らに払う給料の10倍もの報酬をクライアントに請求することはできなくなると予測している。これは従来のビジネスモデルの根本的な変革を意味する。
一方で、変化をチャンスと捉える視点も存在する。AIの導入によって浮いた時間を、斬新な知見を生み出すことに使える経営コンサルタントは、AIを味方につけて、より価値の高い作業に打ち込むことで、クライアントにこれまで以上のサービスを提供できるというのが業界リーダーの共通認識だ。
実際に、先進企業は投資の80%以上を基幹機能の再構築や新たな価値提供に充てており、単純な効率化を超えた戦略的変革を推進している。生成AIを活用した企業の80%以上が期待を満たすか上回る結果を得ており、約60%が具体的なビジネス成果を実現している。
コンサルファームが直面する三つの構造的課題
第一の課題は人材戦略の再構築である。ベイン・アンド・カンパニーの調査によると、AI関連の求人は2019年以降年率21%増加し、報酬も同期間で年率11%上昇している一方、適格な候補者数は需要に追いついていない。この深刻な人材不足が、企業のAI導入計画の実行を阻む主要な障壁となっている。
第二の課題は、新しい価値創造モデルの確立だ。BCGの調査では、経営層の75%がAIを戦略上位3位の優先事項に位置づけているものの、意味のある価値を創出したと報告している企業は4分の1に留まっている。この「期待と成果のギャップ」を埋めることが、コンサルファームの次なる使命となっている。
第三の課題は、クライアント企業のAI活用成熟度の向上である。BCGの調査によると、経営陣の66%が自社のAIおよび生成AIの進捗に対して曖昧な評価か明確な不満を抱いている。この状況下で、コンサルファームは技術導入支援を超えた、組織変革全体のオーケストレーターとしての役割が求められている。
生き残るコンサルファームの新戦略
生き残りを図るコンサルティングファームは、三つの戦略的方向性を明確にしている。
まず、**「エコシステム・パートナーシップ戦略」**である。マッキンゼーが19社との提携で示したように、単独でAI技術を開発するのではなく、最先端のAI企業との戦略的アライアンスを通じて、クライアントに最適なソリューションを提供する手法が主流となっている。これは競合他社と大きく異なるアプローチで、BCGがAnthropicと単独提携し、BainがOpenAIとパートナーシップを結ぶ中、マッキンゼーは1,000以上のパートナーを持つエコシステムアプローチを採用している。
次に、**「内製化によるナレッジ蓄積戦略」**だ。各ファームは自社内でのAI活用を積極化し、その知見をクライアント支援に活かしている。現在では、「Tone of Voice」と呼ばれるAI(人工知能)エージェントがその作業を担っており、従来の人的作業を自動化しながら、より高次の戦略立案に人材をシフトさせている。
最後に、**「変革オーケストレーター戦略」**である。マッキンゼーの分析から見えてきた成功要因として、CEO主導のAI推進、ワークフローの再設計、AIを活用して人間の能力を拡張する「スーパーエージェンシー」という概念が重要になっている。コンサルファームは、技術導入を超えた組織全体の変革を支援する役割を担っている。
まとめ
AI時代のコンサルティング業界は、消滅の危機ではなく、むしろ進化の絶好機を迎えている。マッキンゼー、BCG、ベインといった業界リーダーが示すように、AIを競合相手ではなく協力パートナーとして活用し、クライアントにとって真に価値ある戦略パートナーへと変貌を遂げている。従来の人月ベースのビジネスモデルから、成果創出型のコンサルティングへとシフトすることで、より持続可能で影響力の大きなサービス提供が可能になっている。2025年は、まさに「実装の年」となり、パイロットフェーズを脱し、本格的な価値創造に向けて動き出す企業が、次の時代の勝者となる見込みだ。成功の鍵は、技術導入を超えた組織変革全体をオーケストレートできる能力と、クライアント固有の課題に対して人間とAIの最適な組み合わせを提案できる洞察力にある。
参照文献
- 「マッキンゼー、BCG、デロイトの働き方を変革する「生成AIブーム」の内幕」Business Insider Japan, 2025年5月
- 「From Potential to Profit: Closing the AI Impact Gap」BCG, 2025年4月
- 「Widening talent gap threatens executives’ AI ambitions」Bain & Company, 2025年3月
- 「🚀 マッキンゼーが描く「生成AI時代」の勝ち筋」Note, 2025年1月
- 「AI時代に人間の経営コンサルタントはいらなくなるか」日経BOOKプラス, 2023年6月