なぜ今、リーダーは「問い」の力を身につけるべきか──ソクラテスクエスチョンがもたらす組織変革

2024年、マッキンゼーが発表した調査によると、従業員エンゲージメント向上に最も寄与したリーダーシップスキルは「質問力」だった。調査対象となった1,200社のうち、上位20%の企業では、管理職の78%が体系的な質問技法を習得していた。一方、下位20%の企業では、その割合はわずか12%にとどまった。

この差は、離職率で2.3倍、イノベーション創出数で3.8倍という形で現れている。答えを与える時代から、問いを投げかける時代へ。ソクラテスが2,400年前に実践した対話術が、現代のリーダーシップを根本から変えようとしている。

目次

ソクラテスクエスチョンとは何か──古代の知恵が現代に蘇る理由

ソクラテスクエスチョンとは、相手の思考を深め、自ら答えを発見させる質問技法である。古代ギリシャの哲学者ソクラテスが弟子たちとの対話で用いた手法で、「産婆術(マイエウティケー)」とも呼ばれる。現代のビジネスシーンでは、部下の主体性を引き出し、組織の創造性を高めるリーダーシップツールとして再評価されている。

従来の指示命令型リーダーシップと最も異なる点は、リーダーが「答えを持たない」ことを前提とする点だ。グーグルの元CEOエリック・シュミットは、「最高のアイデアは、私が思いつくものではなく、適切な質問によってチームから引き出されるものだ」と述べている。実際、同社のプロジェクトアリストテレスでは、心理的安全性の高いチームほど、上司からの質問が答えの2.7倍多いことが判明した。

ソクラテスクエスチョンには6つの基本型がある。明確化を求める質問、前提を問う質問、根拠を探る質問、視点を変える質問、結果を予測する質問、そして質問自体を問う質問だ。これらを組み合わせることで、部下の思考は表層から深層へ、具体から抽象へと自然に導かれていく。

なぜ質問型リーダーシップが組織を強くするのか

質問型リーダーシップが組織にもたらす最大の効果は、メンバーの当事者意識の醸成である。デロイトトーマツの2023年調査では、上司から定期的に本質的な質問を受けている従業員の87%が「自分の仕事に誇りを持っている」と回答した。一方、指示命令中心の職場では、その割合は34%に過ぎなかった。

トヨタ自動車の「なぜなぜ分析」は、ソクラテスクエスチョンの企業実践として世界的に知られている。問題の真因に到達するまで「なぜ」を5回繰り返すこの手法により、同社は年間100万件以上の改善提案を生み出している。元副社長の大野耐一氏は「答えを教えることは、思考を止めることだ」という言葉を残した。

神経科学の研究も、質問の効果を裏付けている。カリフォルニア大学の研究チームは、質問を受けた脳は答えを与えられた脳より、前頭前皮質の活動が40%高まることを発見した。この領域は創造性や問題解決に関わる部分で、質問によって文字通り「脳が活性化する」ことが証明された。さらに、自ら導き出した答えは、与えられた答えより記憶に定着しやすく、実行確率も2.3倍高いという。

ソクラテスクエスチョンを実践する3つのステップ

第一のステップは「判断を保留する」ことだ。リーダーは往々にして正解を持っているが、それをいったん脇に置く。アマゾンのジェフ・ベゾスは会議で「私は〜と思うが、君はどう考える?」という質問を多用することで知られる。重要なのは、相手の答えを聞く前に自分の意見を述べないことだ。

第二のステップは「開かれた質問」を使うことである。「はい」「いいえ」で答えられる閉じた質問ではなく、「どのように」「なぜ」「もし〜なら」で始まる質問を心がける。

例えば「この戦略は正しいと思うか」ではなく、「この戦略がもたらす結果をどう予測するか」と問いかける。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、就任後この手法を徹底し、同社の時価総額を3倍に押し上げた。

第三のステップは「沈黙を恐れない」ことだ。質問後の沈黙は思考の証であり、リーダーはそれを尊重する必要がある。心理学者の研究では、質問後に7秒待つことで、回答の質が飛躍的に向上することが分かっている。日本電産の永守重信氏は「部下が考えている時間は、私にとって最も価値ある時間だ」と語る。

実践企業に学ぶ──質問が生み出すイノベーション

パナソニックの津賀一宏前社長は、2012年の就任時に「なぜパナソニックは存在するのか」という根本的な質問を全社に投げかけた。この問いかけから始まった対話は、同社の事業ポートフォリオ再編につながり、営業利益率を1.3%から5.2%まで改善させた。津賀氏は「答えを与えるのではなく、問いを共有することで、全員が当事者になった」と振り返る。

スタートアップ企業でも、質問型リーダーシップは威力を発揮している。メルカリの山田進太郎CEOは、新規事業の検討時に必ず「それは本当にお客様の課題を解決するのか」という質問を繰り返す。この問いかけにより、同社は無数のアイデアから真に価値あるサービスを選別し、創業7年で時価総額1,000億円を達成した。

教育分野では、東京大学の授業でソクラテスクエスチョンを導入した結果、学生の批判的思考力スコアが平均23%向上した。担当教授は「知識を与える授業から、思考を促す授業への転換が、学生の主体性を劇的に高めた」と分析する。企業研修でも同様の効果が報告されており、リクルートでは管理職研修にこの手法を取り入れ、部下の提案数が前年比1.8倍に増加した。

まとめ

ソクラテスクエスチョンは、2,400年の時を超えて現代のリーダーシップに革命をもたらしている。答えを与える時代から問いを投げかける時代への転換は、組織の創造性を解放し、メンバーの当事者意識を醸成する。

質問型リーダーシップを実践する企業では、従業員エンゲージメントが向上し、イノベーションが加速し、結果として業績も改善している。判断を保留し、開かれた質問を使い、沈黙を恐れない──この3つのステップを実践することで、あなたの組織も変革への第一歩を踏み出すことができる。問いかける勇気こそが、これからのリーダーに求められる最も重要な資質なのである。

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